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稼いだお金と一緒に、どう生きて行きたい?【なるべく働きたくない人のためのお金の話:大原扁理】

読んだ本
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ふとカレンダーを見て、来週でもう2021年が終わるのだと気づき、愕然としました。

毎年毎年、年越しが迫り来るたびに、漠然とした不安に駆られます。

時の流れの猛スピードに、まったく追いついていない自分自身への不安。

このままで本当に良いのか?

このまま生きて行ったら、自分はどうなってしまうのか?

……という将来への不安。

将来=『お金の不安』でもあります。

「給料の高さよりも自分の時間を確保することの方が大事!」などと、過去記事で豪語した私ですが、だからと言ってお金の不安がまったく無いわけではないというのが正直なところ。

派遣社員という働き方に後悔はないけれど、不安定な立場だということも充分実感している。

しかし、だからと言って正社員としてバリバリ働く気もないんですよねー。

会社のために働き詰めの毎日を送るなんて、まっぴら御免だとすら思ってる。

けど現状、生活費を得るには会社の給料を当てにするしかないというジレンマ。

「できれば働きたくない……。でもお金が~!」

などと日々悶々とするダメ人間な私の目を、ハッと覚まさせてくれるような本に出会いました。

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『なるべく働きたくない人のためのお金の話』大原扁理・著

著者は過去記事でご紹介した『年収90万円 東京ハッピーライフ』の大原扁理さん。

『東京ハッピーライフ』が隠居生活メインの内容だったのに対し、この本は隠居生活をする中で悟った『豊かさ』や『お金』について、大原さん独自の見解が詳細に書かれています。

お金の話と言っても決して『大金を稼ぐための方法』や『将来の資産を増やす方法』とかではなく、

『手元にあるお金と真摯に向き合って、自分はどう生きて行きたいかを考える本』

……という感じです。

『手にしたお金と一緒に、自分はどう生きて行きたいのか?』

本の中でこれを問われた時、私は痛いところを突かれたような気分になってしまいました。

だって何も考えていなかったから。

お金と一緒に、どう生きる?

お金の本を読破したところで、「そもそも自分がどう生きていきたいのか?」ということをわかっていなければ、役に立てようがないですから。本ではなく、まずは自分と向き合うべきだったんですね。

引用元: 大原扁理・著『なるべく働きたくない人のためのお金の話』 百万年書房

お金について考えるって、私にとってはかなり怖く、勇気のいることでもあります。

著者の言う通り、自分に必要なお金を知るにはまず『自分自身と向き合うこと』が必要だから。

  • なぜお金が欲しいと思うのか?
  • 具体的に金額はいくら必要なのか?
  • 仮にブログで本業以上の収入を得られたとして、その後どうするのか?
  • なぜ会社を辞めたいと思うのか?
  • 将来的にどういう生活をしたいのか?
  • 何のために稼ぐのか?

お金について考えたとき、自分の中に湧いて来る上記のような問いの数々に、明確な答えを提示することができません。

将来どうなりたいかなんて一番聞かれたくないことだし、自分自身でも正直考えたくもないから、わざと目を背けていた。

けれど本当に「お金が必要だ」と思うなら、この点を避けて通るわけにいかないんですよね。

理想の生き方を具体的に思い浮かべることができないと、そのために必要なお金を割り出すこともできません。

今の自分は、本当にお金が足りていないのか?

そもそも今の私は本当に「お金がない」状態なのだろうか?

確かに正社員として働いた経験がなく、今も派遣社員で給料は時給制だけれど、過去のどの仕事と比べても月の稼ぎはダントツ良いです。

一般のアラフォー世代と比べれば確かに貯金額は少ないだろうけれど、家賃も毎月払っているし、食うに困ったこともない。

欲しいものも買えているし、少しずつだけど貯金も出来ている。

私はいったい何が不安で「お金が欲しい!」なんて思っているのだろう?

何となく、周りに流されていただけ?

老後2,000万円問題、超少子高齢化、年金制度はどうなるのか etc…

頻繁に耳にするこういった情報に、ただ流されていただけなのかもしれない。

「周り(社会)がそう言っているから、きっとそうなんだ」なんて、他人任せの一番良くない思考に陥って、何となくお金を欲しているだけなのかもしれない。

だから私にとって、お金は『仕方なく稼ぐもの』であり、『仕方なく払うもの』でしかない。

お金と一緒に生きていきたいどころか、そもそもお金を好いていないし、今あるお金をまったく大事にできていない。

今ある『豊かさ』にも気づけていない。

なんという最低な状態でしょう。

だから毎日不安で、苛々しているのか私……。

お金を『擬人化』して考えてみる

著者のお金に対する面白い考え方のひとつに『お金を人格化して遊ぶ』というものがあります。

お金を『人』であると仮定して、『お金の立場』になって考えてみる。

金は天下の回り物、と日本のことわざにもありますが、もし自分がお金だったら、いったいどういう人のもとへ辿り着きたいと思うだろう?

当然、私のような人間のもとには絶対行きたくないと思いますよね。

だって自分(お金)のことを嫌々稼いで、支払いも嫌々で、まったく好きでもないくせに「お金欲しい」とか願っている。

本当に自分(お金)を必要としてくれているのかよく分からない人間のもとになんか行きたくないし、運悪く行き着いてしまったとしても、さっさと出て行きますよね。

一緒に生きたいとは思わないし、きっと思ってももらえない。

だって自分(お金)はその人にとって、幸せな存在ではないんだもの。

まず、今あるお金(豊かさ)に気づくこと

こうして記事にまとめてみるほど、今まで「お金」としっかり向き合おうともしなかった自分自身が浮き彫りになって、とにかく反省の一言です。

本当はお金が『ある』のに『ない』と嘆くなんて、私は随分お金に対して酷いことしてきたなと痛感しました。

現状、生活に必要なお金は会社からしっかり受け取っているのだから、まずはそのことに感謝すべきですよね。

そうして『給料』という形で私のもとへ来てくれたお金で、いったい何ができるのか。

今欲しいと思っているものは、本当にこのお金を使ってでも必要なものなのか……など。

『今あるお金』の中から、自分にとって『気持ち良い使い方』とは何なのか、模索していくことから始めようと思いました。

お金について、もっとオープンに話し合える社会になれば良い

今回の大原扁理さんの著書を含め、これまでお金に関する本を何冊か読んできましたが、ほぼ共通で指摘されていることが『日本人にはお金の教育が圧倒的に足りていない』ということです。

日本社会には昔から、お金をタブー視する傾向がありますよね。

私の場合、親から直接言われたわけではないですが、お金の話題を持ち出すのはいけないことなのだろうなと、子供心に何となく肌で感じてはいました。

しかし時代は変わったのか2022年4月から、高校の家庭科で『資産形成』が必修化するそうです。

どこまで上手く行くのかわかりませんが、個人的には良い流れではないかという気がしています。

できるだけ早い年齢から金融リテラシーを身につけて、学校でも家庭でもお金についてオープンに話し合えるようになれば、ひたすら貯金を増やすためだけに会社で長時間労働に耐える必要もなくなるのではないでしょうか。

今後ますます生き方や働き方が多様化して、もしかしたら大原さんのように、年収100万円以下でも快適なハッピーライフを謳歌する若者が増えるのかもしれません。

そう考えると、日本の未来が少しだけ楽しみになってきますよね。

私も、今あるお金に感謝しながら、自分なりのハッピーライフを整えていこうと思います。

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